Bogey-Don
六甲アイランド&住吉〜石屋川、散策


<2021年5月30日(日)>

この日は、良い天気♪
北の方と六甲アイランドの神戸ファッション美術館へ・・
その後、JR住吉駅から阪神石屋川駅まで歩きました。

ついでに・・
2月7日(日)に一人で六甲アイランドを歩いた記録も
此処に記しておきます。

@JR住吉駅

改札を出て左側に、

六甲ライナーの住吉駅の改札があります

改札を入ったところに・・面白い彫刻
彫刻家新谷英子作「オーロラ」
昔は三ノ宮のサンチカに展示されていたようです。

此処からは、
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<2021年2月7日(日)>
の記録です・・

地図1



六甲ライナーで一番南側のマリンパーク駅まで行きました・・
少し歩くと海に出ます・・・
A六甲マリンパーク(六甲アイランド南公園)

残念ながら少し曇ってます・・東方向
パームツリーが一直線に並んでいます。

とりあえず海岸を西側に歩いています・・
モニュメントの奥にある建物は・・トイレ・・

B野鳥園

小窓のある”野鳥観察小屋”

中には入れません・・窓から覗くらしい

遠くにポートアイランドが見えています・・


次は東の方向に・・

朝のうちの強い風で波が打ち上げられています・・

テラスの東端の白い建物はレストラン

沖には・・

ヨット♪
振り返ると・・

こんな景色

さて・・
C公園の東端

此処から駅の方に帰ります・・
広い道を渡ります


Dマリンパーク駅

綺麗な人口の小川が流れている・・
六甲アイランドリバーモール
と呼ばれているらしい
南北600mに及ぶ親水公園。1990年に竣工した。 



川に沿って上流へ北上します・・
川と六甲ライナーは並行しています。


E向洋西公園

子供がたくさん・・この町は平均年齢が若そう・・



Fアイランドセンター駅

が見えてきました・・

通り過ぎて・・

なかなか整備された街ですね〜

家族でお昼のランチ♪


歩いている途中で・・
綺麗な花々に出会いました。








一番北のアイランド北口駅から
六甲ライナーに乗って帰ってきました。
H六甲大橋

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此処までが、2月7日(日)の記録です。

さて・・
5月30日(日)は・・六甲ライナーで、
アイランドセンター駅で下車・・
二階の通路を通って神戸ファッションプラザに向かいます、


途中の看板・・目的の展示です・・

一階に降りて・・

G神戸ファッション美術館
神戸ファッションプラザビルのなかに在ります・・


美術館は撮影禁止・・以下は、美術館のHPから頂いたものです。

吉村芳生展

長ぁ〜い金網の絵・・紙には繋ぎ目なし、
黒い鉛筆で、
細かい升目に点を打ちながら造った物らしい・・ものすごい気力??

同じように写真を黒点で描いたもの・・


是も長い作品・・

色鉛筆で色点を打ちながら造った大作



神戸ファッション美術館の外観

さて、
そこそこ吃驚した作品に満足して・・帰途に・・
次は・・ウォーキングです。

@JR住吉駅

傍には・・

コープこうべ本部ビル

地図2


Iありまみち

北方向に向かいます・・


J山手幹線にでて、
室の内交差点を左折





北側に渡って・・少し歩くと

K弓弦羽神社参道






L弓弦羽神社

拝殿




本殿


この神社は、羽生選手がお参りに来るので有名らしい・・

絵馬の中に・・八咫烏

ホームページ↓
導きの宮 弓弦羽神社 (yuzuruha-jinja.jp)
によれば・・
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社伝によれば、
往古、神功皇后三韓より御凱陣の時、長門國豊浦より摂津國難波浦に向かわれる途中、
忍熊王(おしくまのみこ)が兵を挙げたのをお知りになり、
皇后自ら当地で弓矢甲冑を納めて熊野大神を斎奉しご祈念されたところ、
戦には大勝し、それより後は諸々の願い事は、全て御心のままに叶いました。
この故事により、神社背後の秀麗な峰を弓弦羽嶽(弓矢)とも六甲山(甲冑)とも言います。
又、神功皇后がこの里の泉(澤の井・阪神御影駅南)に、
お姿を写しになった故事によりこの里は「御影」(みかげ)となりました。

8世紀末に、この弓弦羽ノ森(ゆづるはのもり)を神領地と定め、
嘉祥2年(西暦849年)正月14日神祠を造営して改めて熊野大神をお祀りいたしました。
この時、熊野那智大社の別當慶覚は「摂津國灘浦遊鶴羽之峯権現の故事当文庫に記録あり云々……」
と祝文を送ったと言います。

熊野大神様の御神徳は広大無辺、全ての事に絶大なるお力をお示し下さいます。

当社は、創建故事により「厄除開運・家内安全・交通安全守護・諸願成就」のお宮として、
また近年ではヤタノカラスのお導きによる御神徳である「勝利」を祈願する宮として、
古くより今日に至るまで広く篤く崇敬を受けております。
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なお・・NETで調べると、
神社のある地区「御影」は
日本サッカーの発祥の地
と言われています。
まだ日本であまりサッカーが知られていないころ、
かつて御影にあった「御影師範学校」にサッカーチームがつくられ、日本でのサッカー普及をあと押ししました。


サッカー日本代表のシンボルマークも同じく「八咫烏」であることから、
サッカー選手やサッカーファンも多く訪れています。
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とのこと・・

さらに西へ・・すぐに、
中勝寺







この文字は・・??

さらに西へ・・

この辺りは・・
M
城ノ前交差点付近

北側には阪急御影駅
南側は阪神御影駅

N弓ノ木交差点の手前の交差点

先に見える立体交差になっている道路の下を・・
潜って南側に出ると・・

O網敷天満神社

裏側に出ました

回り込んで・・









菅原道真公
兵庫県神社庁のホームページ↓
綱敷天満神社 (hyogo-jinjacho.com)
太古の時代から在ったらしい・・

また裏側の道に戻って・・

階段を上がると・・
右側は、弓ノ木交差点です・・
そこからは・・石屋川沿いに下流、南方向に・・


石屋川公園

JR高架の下を潜ります・・

P旧石屋川隧道

どうやら潜ってきたところに、
東西に走る旧石屋川隧道が在ったらしい??

・・・・・・・・・・・・NETの中から抜粋・・・・・・・・・・・・
大阪・神戸間に日本で2番目の鉄道を通す際、当時の車両は勾配に弱かったことから、
天井川であった芦屋川・住吉川・石屋川はトンネルを開削し、その下を通すことになった。
その中でも、最初に開削されたのがこの石屋川トンネルである。
1871年(明治4年)7月に竣工し、1874年(明治7年)の鉄道開通で供用が開始された。

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とのこと・・


振り返って撮影



途中で

橋を渡りました・・






Q国道2号線に出ました・・

真直ぐ渡って

さらに南に行った・・
R阪神石屋川駅
から三ノ宮に移動・・いつものお寿司屋に入りました・・が、
コロナ緊急事態でアルコール無し(爆)

もの足りない気分(笑)
家に帰って、ビールでした・・

以上