Bogey-Don
地下鉄西神線、沿線探索B
伊川谷駅〜学園都市駅
9月末〜10月にかけて、暑さが少し和らいだので、
よく乗っている地下鉄西神・山手線の地上を走っている部分の沿線を5回に分けて探索しました。
その3回目です。
2回目は<2025年9月25日、地下鉄西神線、沿線探索A>
参照
<2025年9月28日(火)>
6時半ごろに出発、
伊川谷駅に着いたのが、7時ごろ・・
伊川谷駅
@伊川谷駅前交差点
上には自動車道と地下鉄の線路が走ってます・・
交差点を渡ると・・橋が在ります
川は伊川・・
伊川に沿って歩きます・・
地図1

途中の看板・・
厳島神社と大谷寺に行ってみよう・・
とりあえずは、伊川に沿って。
枝垂れ桜の並木
右側に橋がある・・
A小寺橋
上流
下流
此処からは・・南東方向に・・
田園風景・・
遠くに見えるのは、国道2号線・・
小寺橋から三ケ所目の
B交差点
此処を左折
C三叉路
此処で右へ・・
地図1再掲

鳥居が見える・・
D小寺厳島神社
兵庫県神社庁のHPによれば、
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創立年代は、詳かでないが、宝永6年(1709)に、小寺村庄屋四郎左衛門が上司に報告した文書の中に、
辧財天女(境内堅二十間、横十間)」や、「踊堂森」「阿弥陀森」等の存在が報告され、
また、社家「安藤丹波守」の名も記載されている。
現在、当地区に「たんばはん」と呼ばれている安藤家があり、神主の末裔と伝えられる。
近年、地区土地改良事業と並行して行なわれた歴史調査の際、
弁天宮棟板の表面に「奉遷宮所天社国家安泰五穀成就」と記され、
両横に「三賓荒神」「稲荷大明神」 の文字が見られ、
裏面には「享保七寅年11月26日」、さらに両横に「願主 村中」「神主 安藤周防守藤原包童」の文字が発見された。
この周防守は丹波守の官位が変わったのではないかと思われる。
これらの事柄から、弁天宮は、享保7年(1722) に村人の総意をもって建て替えられたことがわかる。
現在の神殿は、大正9年(1920)に村民一同の寄付により新築されたものである。
小寺の由来は、天正年中、小寺官兵衛殿の領地であった為と伝う。
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小寺官兵衛は羽柴(豊臣)秀吉の軍師となった黒田官兵衛の旧姓である・・面白い♪
元の道に戻ります・・
下の道を右に・・
道が細くなったところを・・
すぐに右に入ります・・
その道の右側に・・入ると
F太谷寺(たいこくじ)
天台宗のお寺らしい・・
此処からは、お寺の北側の道を東に・・
右に太谷寺が見える
次を右折・・
G三叉路
此処を左折
地図2

此処から山道を歩いて、
小寺大池
に出ようと適当に歩いたら・・何処に居るのか判らなくなった(笑)・・・が
道が合っていたらしい・・
H広い道に出た
兵庫県健康財団の神戸西事務所・・
あとで調べたら、此処の住所が
学園西町6丁目(地図2に載っています)でした。
突き当たった先は・・
I小寺大池
左に行きます・・
大池のまわりを歩きます・・
J小寺大池交差点
東へ・・
地図2再掲

あらら・・
行き止まり・・此処で右折
階段を上がります・・
あがって左側は・・
Kユニバーシアード記念歩道橋
渡ります・・
伊川谷駅方向
学園都市駅方向
学園西町中公園
此処で右折
L学園都市駅前の広場に出ました・・
学園都市駅
この日は、
家に帰ってきたのは10時ごろでした。
歩いた歩数は・・8500歩でした。
4回目<2025年10月1日、地下鉄西神線、沿線探索C>
以上